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神戸地方裁判所 平成7年(ヨ)252号 決定

債権者

石田勝之

右代理人弁護士

古殿宣敬

債務者

株式会社コンテム

右代表者代表取締役

藁科秀雄

右代理人弁護士

柴田信夫

主文

一  債権者が債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成七年七月一日から本案の第一審判決の言渡しにいたるまで毎月二五日限り、金三〇万二六一六円を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一当事者の申立て

一  債権者

1  債権者が債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、平成七年七月一日から本案の判決が確定するまでの間、毎月二五日限り、金三〇万二六一六円を仮に支払え。

との裁判

二  債務者

「本件申立てを却下する。」との裁判

第二当事者の主張及び反論

一  債権者の主張及び反論は、債権者代理人古殿宣敬作成の仮処分申立書、準備書面五通に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

二  債務者の主張及び反論は、債務者代理人作成の答弁書、準備書面三通に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

第三本件事案の概要と争点

一  本件申立ては、平成七年三月三一日債務者から平成七年六月二〇日限りをもって解雇された債権者が、右解雇(以下本件解雇という。)は解雇権の濫用であるとして、本件解雇の無効を主張し、妻子三人があり、債務者からの給与収入以外に収入がないので、従業員たる地位の保全及び賃金の仮払いの仮処分を求めるものである。

債務者は、これに対し、本件解雇は、債務者の基本的経営方針である業務のコンピュータ化、阪神大震災による経営上の打撃及びリストラ策を背景とし、債権者の従業員としての非適格性を主たる理由としてなされたもので、就業規則四二条二号の「業務上止むをえないとき」に該当し、通常解雇(個別解雇)として、本件解雇の正当性を主張し、保全の必要性について争うものである。

二  争いのない事実

1  債務者は、昭和六二年四月一日設立された株式会社で、情報処理加工販売・各種印刷物製作販売を主たる目的とする会社である。

2  債権者は、昭和五二年四月二〇日、福田印刷工業株式会社(以下福田印刷という。)に入社し、債務者が同社の子会社として設立されたのと同時に、債務者に雇用され、印刷のレイアウト(割付け)及び版下作業の業務に従事してきた。債権者は毎月二五日給与の支払いを受け、平成七年四月分以降の三か月間の一か月の平均給与の額は三〇万二六一六円である。債権者の家族は、妻美保子(四七歳)、長女瑞穂(女子大一年生)、長男拓也(中学三年生)の四人家族である。

3  債務者は、平成七年三月三一日、債権者に対し、同年六月二〇日限り解雇する旨の意思表示をした。

三  本件解雇についての双方の主張、反論

1  債務者の主張

(一) 債務者の基本的経営方針

債務者の属する印刷業界では、近年コンピュータ・デジタル化(以下単にコンピュータ化という。)が進み、この技術革新に適合することが企業存続の必要条件である。そこで、債務者においても、全社を挙げて技術革新に取り組み、債権者の関係する版下部門においても、平成四年からコンピュータ化への準備と対応を開始してきた。

(二) 阪神大震災の打撃

阪神大震災により、債務者は営業上大打撃を受け、平成六年度(第八期期首平成六年四月一日 期末平成七年三月三一日)決算において、通年で一一四〇万円の営業赤字になり、積立金を取り崩しても一〇九〇万円の累積赤字であった。資本金一〇〇〇万円の債務者としては、債務超過である。次年度の第九期営業年度の予算では、最大限楽観的に見ても、約五〇〇万円の通年赤字を予想しており、累積赤字は一六〇〇万円に拡大することが予想される。このままでは債務者の維持存続が困難であることは明白である。

(三) リストラ策

債務者は、種々存続策を検討した結果、人件費を削減することを中心に据える以外に方法がないと判断し、第九期営業年度における次のような人件費削減策を決定し、八〇〇万円の経費削減を目指した。

〈1〉 全員昇給停止(代表者は減給)、ボーナス半減

〈2〉 レイオフ 一二名×六日間

〈3〉 債権者を含む二名の退職勧告

(四) 債権者を人員整理の対象とした理由は、以下のとおりである。

〈1〉 債権者は、債務者の基本的経営方針であるコンピュータ化に背をむけ、旧来の手法に固執し続け、債務者の基本的経営方針に反する態度をとってきたこと。

債権者は、コンピュータ技術の習得に無関心かつ否定的で、指示に反して社内研修に参加せず、その結果、債務者の技術者の中で債権者一人のみコンピュータの操作能力を欠く状態となった。債務者は、全従業員を対象として、平成四年七月から毎月一回就業時間内に二時間の勉強会(研修)を実施し、平成五年には夏期集中講習として、七、八月の毎土曜日終日の研修を行い、コンピュータ操作能力を獲得し、会社の業務の必要に対応した。しかるに、債権者一人のみ当初勉強会には形式的に出席していたが、逐に口実をもうけて参加しなくなった。債務者代表者は折りに触れ注意、指導したのに、債権者は、「自分は性格上今までのやり方しかできない。」と開き直る有様であった。

〈2〉 債権者の関係する版下部門は、コンピュータ化により、近い将来不要となること。

現に、債権者が退職して三か月後、従前債権者が担当していた手作業の大部分はコンピュータ作業に切り替えられ、もはや債権者の担当職務はなくなっている。

〈3〉 債権者の生産性が低下していることは顕著であるのに、高年齢のため給与が最も高いこと。

債権者の生産実績は、平成四年度が八〇〇万円、平成五年度が六六八万円、平成六年度が六三〇万円であり、その生産性(生産高を労務費+必要経費で割ったもの)は平成六年は八四・五%である。

〈4〉 債権者は休暇、欠勤が多く、しかも、休暇当日に届け出がなされるために、生産ラインに支障が生じることがしばしばあったことなど、債権者の勤務態度は良好でなかったこと。

債権者は、病弱を理由に、例年有給休暇を全部消化した上、欠勤し、受注先の都合で必要な残業も断っていた。

〈5〉 債権者は、平成六年の夏期ボーナス支給日に債務者代表者に対し給与が安いから転職する旨放言したこと。

(五) 以上のような経緯で、債務者は債権者を解雇したもので、本件解雇は就業規則四二条二号の「業務上やむを得ないとき」に該当する解雇である。本件解雇の事前の手順として、債務者代表者は、平成七年三月二二日、債権者に対し、債務者の経営の窮状を説明し、三か月間の予告期間を置いた上の退職の勧告をし、併せて、出来高払いの請負制としてなら引き続き雇用を継続する方途もあることも提示した。しかし、債務(ママ)者はいずれをも拒否した。因みに、債権者と同じように退職を勧告をされた産屋敷は、勧告に応じて、同年四月二〇日退職している。

なお、本件解雇は債権者が主張するような整理解雇ではない。

2  債権者の反論

(一) 本件解雇は、債務者の阪神大震災後の不況を理由とする整理解雇である。また、本件解雇が債務者の業務のコンピュータ化による余剰人員整理であるなら、まさしく整理解雇である。にもかかわらず、本件解雇には整理解雇の有効要件である、〈1〉倒産必至ないし高度の経営危機にあることなど整理解雇の必要性があること、〈2〉整理解雇を回避する措置が尽くされたこと、〈3〉整理解雇の人選基準が合理的であり、その適用を通じてなされる被解雇者の選定に合理性があること、〈4〉労働組合ないし労働者に十分説明し、協議を経たこと、の各要件をいずれも欠いているから、以下に述べるように解雇権を濫用したもので、本件解雇は無効である。

〈1〉の要件についていえば、債務者の決算報告によれば、平成四年度(第六期)の期末は確かに三四五万円の赤字であるが、市場経済である以上はこの程度の赤字はありがちなことで、まして阪神大震災で神戸市の経済は二か月間ほど停止したのであるから、平成六年度(第八期)の期末赤字になっても当然であり、債務者だけに固有の事情ではない。これは債務者の経営努力や親会社である福田印刷が責任をもって支援すれば補いがつくもので、安易に倒産必至や経営危機をいうべきではない。現に、債務者は平成七年四月に二名の高校卒を新規に採用している。この二人を採用すれば年間約五〇〇万円の人件費がいるが、債権者の年間給与・賞与の額は平成六年度分で四三九万五三一五円であるから、これでは債権者を解雇しても人件費の削減にはならない。

〈2〉の要件についていえば、債務者は、希望退職者を募集するなどの、整理解雇を回避する措置をしていない。逆に、前記のように新規に二名を採用し、また役員の報酬カットはわずか一か月五〇〇〇円切下げられただけである。因みに、債務者代表者の平成六年度の役員報酬は八四八万四〇〇〇円である。

〈3〉の要件についていえば、本件解雇がなされるに際して、債務者は整理解雇の一般的な人選基準を定めなかった。仮に、高齢者を解雇基準としたと仮定しても、債務者においては六〇歳定年制を採用しており、終身雇用制のもとでは定年まで同一企業で就業することを前提としているから、高齢者であることを解雇基準にすることは合理性がない。また、経営的観点から、高給者を解雇基準としたと仮定しても、債権者と同一程度の年収を債務者から得ている従業員は五名ほどいるが、この中で、債権者と類似した職務に従事している者に北川氏がいるが、同氏は版下作業にのみ従事しているにすぎず、債権者のようにデザインと版下の一貫した作業に従事する能力はないのに、債権者が何故に解雇の対象者に選ばれたのかについての合理的な理由がない。

〈4〉の要件についていえば、本件解雇がなされるに際して、債務者は従業員に対して協議・説明することをしなかった。

(二)債務者の主張する本件解雇の理由である債権者の従業員としての適格性に関していえば、債務者の主張するコンピュータ化は、従来の労働契約の内容を変更するもので、契約内容の変更となる以上、使用者である債務者は、従業員である債権者に対し、職種転換のための技能教育・訓練を真剣に行うべき義務があったのに、債務者は右義務を果たさないまま本件解雇に及んだ。また、出勤状況も解雇に値するほどのものではない。

第四当裁判所の判断

一  疎明資料及び審尋の結果の全趣旨によれば、以下の事実が一応認められる。

1  債務者の業務のコンピュータ化

債務者は資本金一〇〇〇万円、従業員は一六名(内パート一名・女子五名)の株式会社で、その業務内容は、コンピュータシステムによる電子組版機を駆使して文字情報ならびに画像情報を統合処理加工し、また、データベースの構築を図ろうとするもので、具体的には、デザイン・編集企画、電子組版入出力、版下作業を行っている。債務者の属する印刷業界では、近年コンピユータ化、(ママ)この技術革新の流れに乗ることが企業存続のために必要であり、これが債務者の基本的経営方針であった。債務者は設立当時からコンピュータシステムによるデータ処理加工のできる電算写植機コンポテックスを武器に営業をしてきたが、平成二年に本格的電子組版機アクシスを二台導入し、平成四年に伝票帳票類のOCR化に対処すべくパソコン編集ソフト、アイプロ8000を一式導入し、平成五年にアクシス一台を増設し、平成六年二月に文字情報と画像情報を統合処理できるマッキントッシュを三台導入し、同年四月にアイプロ一台を増設し、編集組版のコンピュータ化を図って、一つのデータを基に、カタログ、ちらし、リーフレット取扱説明書等を多様に印刷物を創り出せるような経営戦略をとり、版下類のアナログからデジタルデータ化を進めてきた。

版下作業とは、デザイン、レイアウト(割付け)に従い、文字情報(見出し・文字・表題)、画像情報(写真、図面、グラフ、地図等)といった要素類(パーツ)を一ページずつ作り上げ、刷版をつくる基となる大台紙にまとめあげる作業である。版下作業には手作業が多く、作業者の資質もあってコンピュータ化が遅れていた。しかし、従前の方法から脱却するために、債務者の社内において、平成四年七月から毎月第四土曜日の午後三時から二時間の勉強会を実施し、平成五年には夏期集中講座として七、八月の土曜日は終日勉強会を実施して編集組版オペレータの資質を向上させ、版下作業員には、コンピュータの基礎的な知識を話し、キーボードにふれさせ、マウスを動かしてコンピュータの図面上で作図したり、パソコンの数値を入力することによって、円グラフ、棒グラフ等を描く勉強会を実施した。これらの勉強会に対する債権者の態度は、債務者の目から見れば、対応に乏しく必ずしも満足のいくものではなかった。

2  阪神大震災の影響

平成七年一月一七日に発生した阪神大震災の結果、債務者の業務が二週間にわたって業務停止、作業時間の短縮を余儀なくされ、神戸市内の大部分の取引先が大打撃を受けたため、売上高は前年比で、一月が八四・九%、二月が四八・四%、三月が七一・四%減じ、この間に金額にして一六〇〇万円の減少となり、平成六年度の決算では、経常損失一一四〇万円(未処理損失一〇九〇万円)の欠損となった。債務者の予測によれば、景気の好転は期待できず、債務者の売上高の七五パーセントを占める親会社の福田印刷も大幅な売上減が予想されることから、甘く見積もっても、債務者の次期(九期)の売上高の予測は一億三五〇〇万円で、この売上高では次期には四〇〇万円の営業損失になるというものであった。この予測を福田印刷グループの役員会に諮ったところ、売上高自体の予測が楽観的であるし、それに対する人件費の占める割合が九七・二%というのは高すぎるという異論が出たので、更に売上高の予測を一億三〇二〇万円に圧縮し、労務費を約一〇〇〇万円引き下げる方針を決定した。

3  リストラ策

前記の方針に見合う経営をするために、債務者は平成七年三月二四日具体策として以下の合理化策を作成し、これにより約八〇〇万円の経費削減をし、全体で収支均衡する予算案を作成した。

〈1〉 次期の昇給停止、ボーナスの半減、役員報酬のカット。

〈2〉 雇用保険被保険者を対象に、一人六日間のレイオフ。

〈3〉 手作業で効率が悪い部門であると債務者が評価していた版下部門に属していた産屋敷隆幸と債権者の二名への退職勧告。

〈4〉 その他の経費節約。

右予算案とリストラ策は実施に移された。〈1〉の役員報酬のカットには見るべきものはなかったが、〈2〉のレイオフは実施された。〈3〉の退職勧告については、転職を希望していた産屋敷隆幸は四月二〇日付をもって任意退職した。債務者は、三月二二日には、債権者に対し、一月から三月の売上高の減少から、今年度の昇給は停止することやボーナスの支給も目途が立たない状況を説明し、暗に退職・転職を考えるよう促し、三月三一日には、会社の存続のためにはリストラをせざるをえない事情を説明した上、再就職のための三か月間の猶予期間を考慮して、六月二〇日付をもって退職するよう解雇の予告をした。

債務者は平成六年九月に採用が内定していた二名の学卒新規採用は予定通りに行なった。この内一名は結婚適齢期にある女子社員の補充であり、一名は二月末で退職を予定していた者の補充である。なお、平成七年初めに受注した大容量の仕事をさばくため、必要不可欠なオペレーター一名を阪神大震災前に募集し、二月六日中途採用している。

二  前記認定事実に照らして、債務者の主張する本件解雇の理由について以下検討する。

1  債務者の基本的経営方針である会社業務のコンピュータ化に関しては一般的には異論のないところである。しかし、債権者の担当業務である印刷のレイアウト(割付け)及び版下作業のコンピュータ化については、債権者及び債務者代表者に対する審尋の結果(〈証拠略〉)によれば、すべての作業がコンピュータ化できるものではないこと、従前の方法が能率的にもすぐれている作業内容があることが認められるのであって、そうすると、従前の手作業でのやり方がすべてに劣っているとまでは言い切れない。確かに、(証拠略)によれば、債権者の生産性は、平成五年度において九五・七%、平成六年度において八四・五%であり、債権者の達成率が平成五年度においては九一・二%、平成六年度においては八〇・四%であることが認められるが、平成六年度の年度の債権者の生産性及び達成率がそれぞれ一一・二%、一〇・八%下がっているのは、阪神大震災の影響によるもので、震災がなければそれぞれ一〇%くらい業績はあがっていたはずであるから、生産性は約一・二%(九五・七%-九四・五%)、達成率は約〇・八%(九一・二%-九〇・四%)しか下がらなかったはずである。

因みに、上記の生産性とは、ある者の仕事量の売上高がその者の労務費に必要経費をプラスしたものに対して占める割合をいい、達成率とは、(労務費+必要経費)×一〇五%(原価に五%の利益を見込んだもの)をその者の仕事量の売上高の目標とし、それに対するその者の実際の仕事量の売上高の割合をいう。

2  阪神大震災による経営上の打撃があったことは債務者代表者に対する審尋の結果など(〈証拠略〉)によって認められ、債務者の収益は、平成五年度では経常収支がほぼ均衡していたが、平成六年度では一一四〇万円強の経常損失を出している。

3  手作業で効率の悪い部門と債務者が評価している版下部門に配置され、債務者の社内でも比較的高額の労務費を要する産屋敷隆幸と債権者についてみるに、(証拠略)によれば、債権者の平成六年度における年間労務費は五二六万〇〇七〇円であり、産屋敷隆幸のそれは四七〇万一一三四円であり、確かに債権者らの占める労務費は比較的高いことが認められる。しかし、版下部門が効率が悪いとは一概に断定できない。このことは、(証拠略)により、産屋敷隆幸の生産性と達成率を見ればあきらかである。即ち、同人の平成五年度における生産性は一一五・七%、達成率は一一〇・二%であり、平成六年度における生産性は一〇六・〇%、達成率は一〇〇・九%である。しかも震災の影響があったにもかかわらずである。債務者代表者に対する審尋の結果によれば、債権者が退職勧告の対象になった理由は、(イ)コンピュータ化に熱意がなかったこと、(ロ)早晩版下部門の手作業部分が消滅する見通しであること、(ハ)労働生産性が平成五年度に比較して下がっていることの三点であることが認められるが、(イ)の点は概ね債権(ママ)者が主張するように認められる。しかし、(ロ)の点は前記1のように必ずしもたやすくは肯定はできない。また、(ハ)の点は事実であるが、これは元来阪神大震災による影響によるところが大きく、(証拠略)によれば、ほとんどの他の従業員の生産性も低下しているのである。震災がなければ、前記1のとおり債権者の生産性は約二・八%しか下がっていないはずである。生産性については、他の従業員、例えば磯渕氏のように、震災がなかったとしても、平成五年度より平成六年度の方が生産性が下がっている例もある。そうすると、本件解雇の予告の時点(平成七年三月三一日)では、コンピュータ化が債務者の生産性を一律に向上させる状況には必ずしも至っていなかったというべきである。

4  債務者の業務内容のコンピュータ化の基本方針と阪神大震災の影響による業績の悪化に対処するため、債務者は主として人件費の削減によるリストラを図り、その主たる方策として、人件費の比較的高い債権者を含む二名の従業員に対し退職勧告をしたという本件解雇の経緯にかんがみると、債権者がその対象となった理由として考慮するに値する理由は結局のところ、債権者の人件費が比較的高いこと及びコンピュータ化に対し債権者に熱意がなかったということに帰する。

そこで検討するに、阪神大震災の影響による業績の悪化は、債務者代表者に対する審尋の結果によれば、債務者の社屋や機器に被害はなく、主として取引先が被害を受けた結果による業績の悪化であったことが認められるのであって、本件解雇の予告の時点における債務者の判断として、震災以後の業績の悪化がある程度恒常的なものであることを認めるに足る疎明はなく、また、業績の悪化を回避するのに雇用調整以外の方法、例えば、役員報酬や従業員全般の給与をある程度減額するなどの方法がなかったと認定するに足る疎明もない。次に、債権者がコンピュータ化に熱心でなかった点についてみるに、そのことが債権者の生産性の低下を招いたと言い切れないことは、前記3のごとく債務者の業務におけるコンピュータ化が熟成した状況にあったとまでは認められないことからして明らかで、コンピュータ化に対し債権者に熱意がなかったことをもって、本件解雇の理由とするのは時期尚早であったというべきである。また、債権者の約一・二%程度の生産性の低下をもって本件解雇の一理由とするのは、債権者の五一歳という年齢に配慮すると、いささか過酷である。そうすると、債務者の主張する本件解雇の主たる理由はいずれも根拠がなく、債権者が欠勤(本件解雇予告までは八日間である。)したり、突然有給休暇をとったことやボーナスの件で放言したことその他は、就業規則四二条二号の「業務上やむを得ないとき」の解雇理由には当たらない。

第五結論

以上によれば、本件解雇は無効であるから、債権者は債務者に対し従業員たる地位を有しているというべきであり、疎明によれば、債権者は債務者に対する賃金を唯一の収入としていることが一応認められ、妻と子二人の家族がいることにかんがみれば、金員の仮払いを受ける必要性も認められるが、本件申立てのうち、本案の第一審判決の言渡し後の仮払いを求める部分についてはその必要性を認めるに足る疎明はないから理由がない。そこで、その余の申立ては理由があるから、事案の性質上保証を立てさせないで、認容し、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法九二条但書に従い、主文のとおり決定する。

(裁判官 政清光博)

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